三橋克仁の経歴は?学歴(高校・大学)や年収・資産,学生時代について調査【株式会社ボッサテクノロジー】

みなさんこんにちは!

今回は三橋克仁氏の経歴,学歴(高校・大学)や資産、三橋克仁氏の学生時代についてです。

三橋克仁氏は子供の頃の経済的な困窮という経験から、誰でもインターネットを通じて学ぶことが出来る「manabo」を開発しています。

学生の時から起業するなど、様々なチャレンジを行っている三橋克仁氏ですが、どのような経歴なのでしょうか?

資産や、三橋克仁氏の学生時代などについてご紹介します。

三橋克仁の経歴

引用:https://mainichi.jp/articles/20151215/mog/00m/040/025000c

三橋 克人(みはし かつひと)

・1987年 出生
・2005年 筑波大学附属高等学校卒業
・2006年 東京大学 工学部へ進学
・2010年 東京大学 工学部を卒業
・2010年 東京大学 大学院工学系研究科へ進学
・2012年 大学院在籍中に株式会社マナボを立ち上げ、代表取締役に就任
・2012年 東京大学大学院工学系研究科修士 修了
・2014年 一般向けに「リアルタイム家庭教師」サービス開始
・2016年 株式会社マナボの全株式を駿台グループへ売却し、代表取締役から辞任
・2019年 株式会社ボッサテクノロジーを立ち上げ、代表取締役に就任

三橋克仁氏の父親は日本人ですが、画家になるためにフランスに在住していました。

フランスではある程度売れている画家でしたが、三橋克仁氏が生まれることをきっかけに日本に戻ることになったそうです。

しかし、時代もあってか日本では絵が売れず、父親は飲食店の換気扇の掃除など様々なアルバイトを行っていました。

三橋克仁氏も小学生時代から父親のバイトを手伝い、その頃にお金があまりないことに気づいたとのこと。

お金に困窮するような状態でしたが、どのようにして東京大学に通えるようになったのでしょうか?

中学時代のとある出来事がきっかけとなるのですが、また後ほど記載していきます。

まずは学歴を見ていきましょう。

三橋克仁の学歴(高校・大学)

引用:http://www.leaders-style.com/detail_256083.html

三橋克仁氏は高校時代は筑波大学附属高等学校に進学しています。

同高校の卒業生には富士通の元代表取締役社長の山本卓眞氏、バスケットボール選手の稲垣敦氏が卒業しています。

筑波大学附属高等学校は東京大学への進学率が高く、偏差値も東京都内だけでく全国でも1位を争うほどの偏差値を誇る高校です。

高校卒業後は、東京大学工学部へ進学。

同大学からは元新日本製鉄会長の永野重雄氏、元外務大臣の安倍晋太郎氏など、数億の著名人が卒業されています。

言わずとしれた日本を代表する名門校であり、東京大学に進学をされたことから頭が良いこと、地道な努力を行ってきたことが伺えますね。

三橋克仁の資産

引用:https://industry-co-creation.com/catapult/6983

大学在籍中に株式会社マナボを立ち上げた三橋克仁氏ですが、総資産はどのくらいあるのでしょうか?

資産に関する情報は公表していませんが、三橋克仁氏のTwitterにて累計で約6.2億の資金調達を行っていることを記載。

さらに2018年に駿台グループへ全株式を売却していることもあり、最低でも数億円単位の資産を所持していることが考えられます。

三橋克仁の学生時代

引用:https://mainichi.jp/articles/20151215/mog/00m/040/025000c

画家である父親の絵が売れていなかったため、小学生の頃から父親のアルバイトを手伝っていた三橋克仁氏。

しかし、三橋克仁氏は小学生から宇宙飛行士になることを夢見ており、中学生3年生の時に宇宙飛行士になるために本格的に進路について考え始め東京大学工学部を目指し始めたそうです。

経済状態を考えても進学校に通うことは難しいことが分かっていたため、国立で学費が安く、さらに名前が宇宙っぽいからという理由で筑波大学附属高等学校を進学先として決めています。

その後、独学で合格を目指しますが、厳しいことが判断し費用が安く進学率が良い塾をピックアップして親にプレゼンを行ったそうです。

しかし、経済状態からあえなく却下されてしまい、夜遅くに家を飛び出し補導され、校長先生と話をすることに。

その時、三橋克仁氏は生徒会長であり野球部の部長でもあったため事情を聞かれたそうです。

その際に、経済的な問題を話し、父親の絵を買ってくれないかという相談をしたところ快諾され100万円という費用を得たのです。

自分の進路のために経済的な面も考慮し、コストパフォーマンスが良い塾をプレゼンするという中学生とは考えられない凄まじい行動力を持っていることが伺えます。

その結果、塾に通うことが出来るようになり、さらに試験結果を見た他の塾からスカウトされ無料で学習する機会を得ることができています。

金銭的な問題でも諦めずに夢に向かって努力していけば、叶うということを革新したそうです。

この三橋克仁氏の凄まじいハングリー精神は、金銭面の困窮があったからこそ生まれたものなのでしょうね。

まとめ

経歴を見ると輝かしい道を進んでいるように見えますが、実際には金銭的理由で私立に通うことができず、高校に進学するための塾すら行けないような状況にありました。

しかし、中学校の校長先生が父親の絵を購入してくれたことによって、無事に塾に通えるようになり、東京大学へ進学することができています。

現在では学生時代に立ち上げた株式会社マナボの全株式を売却し、人工知能など用いている株式会社ボッサテクノロジーを経営しています。

これからも今まで培ってきた技術を用いて、様々なテクノロジーを開発していくのではないでしょうか?

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