木村清(すしざんまい社長)の年収・資産は?ソマリア海賊を壊滅?若い頃や身長体重も!【株式会社喜代村社長】

引用:https://www.shikoku-np.co.jp/national/life_topic/photo.aspx?id=20160105000028&no=1

2019年1月、東京豊洲市場で、クロマグロが過去最高3億3360万円で競り落とされました!

落札したのは、「すしざんまい」を展開する株式会社喜代村木村清社長です。

毎年、年明けにマグロの解体パフォーマンスが話題になる人ですよね!

この朗らかで豪快な印象がある木村清社長ですが、調べてみると、意外なエピソードがたくさん出てきました。

これを読むとあなたも一層、木村清社長に親近感をもてるはず!

ネットで話題のソマリア海賊滅亡ってなに??

木村清社長の若かりし頃や、奥さんや息子、年収資産について徹底調査しましたのでどうぞご覧ください!

木村清のプロフィール・経歴は?

引用:https://leaders-file.com/interview/1193/

木村 清(きむら きよし)

●1952年 千葉県生まれ

●1967年 15歳で航空自衛隊に入隊

●1974年 自衛隊を退官

●1979年 中央大学法学部を卒業

●1985年 株式会社喜代村を設立

●2001年 すしざんまい本店を開店

以外にも木村清社長は自衛隊出身なのです。

小さい時から水産関係の仕事をしていたのかなとか、父親が漁師なのかと思っていましたが、全然違いましたね。

現在の体型からは想像がつきませんでした。

身長と体重はどのくらい?

引用:http://www.joqr.co.jp/zipang/2014/12/11.html

いろいろネットで調べてみると、写真からおおよそ、

・160cmくらい

・80kgほど

という情報がありました。

上の画像、左の女性(石田紗英子さん)が身長169cmというプロフィールでしたので、およそそのぐらいではないかと推測できます。

外見的に特徴ある人ですので、覚えやすく親しみやすいイメージがありますよね!

自衛隊にいた頃のエピソードとは?

木村清社長は中学を卒業後、熊谷基地の航空自衛隊に入隊しました。

防衛大学がありますが、それの高校のようなものだったそうです。

木村清社長はその14期生でした。

ちなみに5期上には漫画「北斗の拳」の作者である武論尊さんがいらっしゃいました。

こんなつながりがあるとは、意外でしたね。

その当時の自衛隊の訓練は考えられないくらいひどいものだったそうです 笑

当時の教官は戦争の生き残りの人たち。

体罰というか暴力は当たり前だったそうです。

一番記憶に残っているというのは、

一番記憶に残っているのは食堂かな。部屋から歩いて食堂まで片道5分かかるんです。なのに、教官が往復5分でメシ食って来いって言うんですよ。もう物理的に無理でしょ? それで遅れたら殴られるんです。たまんないですよ。

                       引用:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/37409

他には、

あと先輩が1回だけ歌った歌を次の日までに覚えておけってこともありました。15番まである軍歌を。覚えられるわけないですよ。それで全員が走らされるか、腕立て伏せです。必死に覚えさせられて、おかげで記憶力は良くなったかも、こんな馬鹿な頭でも(笑)。

                       引用:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/37409

まぁ、その頃のスパルタ的な指導をされた時代を象徴するエピソードですよね。

ただ今の時代でこれをやったらどうなのかと。

テレビで見たこともありますが、自衛隊やら学校の部活やら、ボートレーサーの養成学校やら笑

いろいろと厳しい訓練を受けている様子が流れてましたよね?

昔ほどではないでしょうけど、今も厳しい訓練というのは存在していますね。

精神力とか、そういうのを鍛えるって意味もありますけど、今ではもっと科学的根拠に基づいた訓練方法の方が信頼できるような気がします。

自衛隊とか救急隊とか、国の防衛とか人命に関わるような重要な任務は、そういった厳しいことは必要なのかもしれませんけど。

木村清社長はこのように語っています。

いまでも訓練の夢を見ることがあります。あの生活をもう一回って言われても絶対にやらないけど(笑)、あの訓練を受けたからこそ、ちょっとやそっとのたいへんさなんて苦にならないです。

                       引用:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/37409

今の木村清社長があるのは、この訓練があったからということですね。

うーん、僕には到底無理ですね。笑

その後木村清社長は、訓練中の事故で目を患い、パイロットになる夢を断念せざるを得なくなりました。

すしざんまい開店まで

自衛隊を辞めた後は、司法試験を目指していた木村清社長。

しかし、資金繰りの問題で断念。

その後は、大洋漁業の子会社に入ります。

ここで初めて、水産業界に関わることになり、築地市場で多くの取引を持つことになります。

1979年には独立し、27歳でついに起業しました。

木村商店という現在の喜代村の前身を立ち上げ、魚介類の卸しのほか、弁当販売やレンタルビデオなど様々なことをやっていました。

しかし、軌道に乗っていて、これからという矢先に融資を受けていた銀行が倒産してしまいます。

ちょうどバブルが崩壊したころです。

木村清社長のもとに倒産した銀行の行員がやってきて、2千万の手形で借りることになりました。

後日、木村清社長が留守の間に、再び銀行員が奥様に手形の書換と称して書類にサインを求めてきました。

しかし、その書類は借入金の一括返済の書類だったのです。

分厚い書類に小さな文字でその文言が書かれていました。

信頼していた銀行に騙されたのです。

返済額は4500万円。

木村清社長は、人生最大のピンチだったと振り返っています。

奥さんを問い詰めてしまいましたが、涙を流している奥さんの姿をみて木村清社長は決心します。

「俺は女房を泣かせるために事業をやっているんじゃないんだ」と。

いったん会社の事業を整理し、手元に残った数百万や築地にいた頃のコネを活かし、新たに寿司店「喜よ寿司」を開店します。

これが軌道に乗り、資金がたまっていきます。

そして当時、築地市場の来客数が減っており、築地関係者から「場所を提供するから、何とか人を集めて欲しい」と懇願されます。

2001年に24時間営業で年中無休の寿司店を開店します。

これが「すしざんまい」です。

その後の盛況振りはご周知のとおりだと思います。

あなたはこの話でどう思いましたか?

私は本当に胸が打たれました。

奥さんとともに苦難を乗り越え、奥さんのために決心し戦ってきた男らしい姿がみえたからです。

木村清社長のあのかわいらしい笑顔の裏側にはこんな話があったんですね!

奥さんとの馴れ初めは?息子は?

木村清社長には奥様と子どもがいらっしゃいます。

奥さんとの出会いは、実は自衛隊で事故に遭い、入院した病院先でした。

当時担当してくれた看護婦の人と親しくなり、その人が生涯の伴侶となってくれたのです。

1974年に結婚されます。

素敵な話ですよね!

また、息子さんがいるそうですが、詳しい情報はわかりませんが、喜代村に努めているという話があります。

次期社長としていずれテレビに出てくるかもしれませんね!

今後に期待しましょう!

木村清の年収・資産は?

引用:https://www.ceo-vnetj.com/president/

喜代村は年商125億円全国に300店舗以上展開しています。

さらには3億円ものマグロを競り落とせるだけの景気の良さもあります!

あくまで推定ですが、代表取締役ならば低く見積もっても1億近くはあるのではないでしょうか?

はっきりしたことは分かりませんでしたが、儲かっている会社ですからね。

それぐらいあっても不思議ではないと思います。

ソマリア海賊退治って何?

木村清社長が海賊退治??

いえいえ、これはネットで拡散してしまった誇張表現でしたね。

簡単に言うと、お金がなくて困っていて海賊をやっている人たちに、木村清社長が設備や技術を提供し、もとの漁師に戻ったということです。

ソマリアはアフリカ大陸にあり、インド洋に面している国です。

90年代の内戦や2004年のスマトラ沖地震などで経済的にダメージを受け、海賊被害が出るようになります。

各国は防衛のため、艦艇を派遣し海賊を退避させる手に出ていました。

しかし、木村清社長の考え方は違いました。

「彼らがなぜ海賊にならざるを得ないか」という状況を考え、「彼らの暮らしを創る」ことが必要だと考えたのです。

設備やノマグロ漁のノウハウを3年かけ提供し、その努力甲斐あって、「海賊するよりもこっちの方が利益がでる」と言わしめました。

結果的に年300回の被害がゼロになったのです。

これは映画にできる話じゃないですかね?笑

木村清社長の対ヒトとの考え方は本当に参考になります。

ここでも人に対する思いやりとか、慈しむ心、人柄が表れている話ですよね!

木村清ってどんな人?

引用:https://www.news-postseven.com/

木村清社長は、大切な人を喜ばし、幸せにするという想いが常にある人だと感じます。

木村清社長は幼いころに父を亡くし、木村社長含む3人の子たちは母親に育てられてきました。

法事にでかけた母が、マグロ2切れを持ち帰り、それを2等分して4切れにして、「食事はみんなで食べれば美味しいのよ」と分けてくれたそう。

そんな母親に対し、いつか会社を立ち上げて美味しいものを食べさせてあげたいと思ったのです。

木村清社長は「みんなで食べて幸せを分かち合う」をモットーにしています。

母、奥様、海賊との関わり合い、どんな時でも木村清社長は人を大切にする人なのです。

あなたにも木村清社長の人柄、魅力が伝わったでしょうか?

これからも木村清社長の活躍に期待ですね!

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